いま、消滅の危機を迎えています。
人がかかわることで維持されてきた里地里山。しかし、いま、消滅の危機を迎えています。そのきっかけは昭和30年代に燃料がまきや炭から、石油やガスに切り替わったことでした。それにより、まず薪炭林(まきや炭の原木を得る林)として活躍していた雑木林が、その役目を終えたのです。また、化学肥料の普及により、落ち葉から肥料を作る必要なくなり、完全に時代から取り残されました。
一方で戦後の住宅復興のためには、国内材を生産しなければならないため、日本政府はかつての里地里山をスギやヒノキの人工林へと変えていきました。そのほかにも宅地やゴルフ場などに開発されてしまった里山もあります。かろうじて残った里地里山も、農家の高齢化や後継者不足などから、人が手入れをしなくなったため、その土地本来の植生(潜在自然植生=人為的干渉が全く停止されたとき、その土地の気候風土に応じて育つ植物のことで、関東以南の低山地や海岸はシイ・カシ、タブなどの常緑広葉樹が一般的)に戻ってしまいつつあるのです。それも自然の営みと言えますが、もはやさまざまな生物が生を謳歌していた里地里山ではありません。
里地里山から人が離れ始めてから約40年がたちました。もう手遅れなのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。いますぐに手入れをし始めれば、雑木林はよみがえります。まず、はびこったササ類を取り除くこと。伐採して切り株から新しい芽を芽吹かせること。そして切り出した材をまきなどとして活用すること。やれることはたくさんあるのです。
一方で戦後の住宅復興のためには、国内材を生産しなければならないため、日本政府はかつての里地里山をスギやヒノキの人工林へと変えていきました。そのほかにも宅地やゴルフ場などに開発されてしまった里山もあります。かろうじて残った里地里山も、農家の高齢化や後継者不足などから、人が手入れをしなくなったため、その土地本来の植生(潜在自然植生=人為的干渉が全く停止されたとき、その土地の気候風土に応じて育つ植物のことで、関東以南の低山地や海岸はシイ・カシ、タブなどの常緑広葉樹が一般的)に戻ってしまいつつあるのです。それも自然の営みと言えますが、もはやさまざまな生物が生を謳歌していた里地里山ではありません。
里地里山から人が離れ始めてから約40年がたちました。もう手遅れなのでしょうか。いいえ、そんなことはありません。いますぐに手入れをし始めれば、雑木林はよみがえります。まず、はびこったササ類を取り除くこと。伐採して切り株から新しい芽を芽吹かせること。そして切り出した材をまきなどとして活用すること。やれることはたくさんあるのです。











